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第十二回 アサッテの人

アサッテの人

諏訪哲史 / 講談社

『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!マサルさん』という漫画がある。二十代男性ならかなりの人が知っているかと思う。かつて週間少年ジャンプに連載されていたギャグ漫画だ。主人公の高校生マサルが、彼の荒唐無稽な世界観についていけない周囲のキャラクターを理解不能な言動と超人的能力で煙に巻くスタイルの漫画だ。

「マサルっぽい」。これが僕の初見での感想であった。

「タポンテュー!」

食事中にいきなりそのような発言をするのはいかにもマサルらしい。

「タポンテューって何さー?」となるのがマサルのパターンなのである。マサルこそ“アサッテ”男なのである。

あるいは『羊をめぐる冒険』にでてきた“いとみみず宇宙”にも近い。 

この小説では作者(諏訪)の叔父がアサッテ男である。叔父の日記を並べながら、それに小説の書き手である諏訪哲史がなんらかのコメントをしていく。そして「叔父が主人公の小説を書こうと思ったんだが、荒唐無稽すぎるのでやはり書けない。いろいろと試みてはみたが誰も理解できないだろう。」ということに落ち着いている。ある種の上位概念を取り入れた構成になっている。

また細かなエピソードを一見無作為に並べるやりかたは『風の歌を聴け』に似ている。

「いつから方法論の文学賞になったんだ、芥川賞は」と辟易しながら読んでいた。

しかし『グランド・フィナーレ』の例もあるので、もう少し我慢して読んでみようとページをめくると、徐々に普通の小説になっていった。(こういうのはやってんのか)

後半は、マサル的言動=「アサッテ」がうまれた経緯を叔父の日記をもとに解明していくという話になる。

叔父は生来の吃音により自己表現を剥奪された青春時代を送ってきた。しかし吃音がなおった後にはコミュニケーションの制約に苦しめられることになった。

制約は意思の疎通のための交通整理みたいなものだ。語彙を軸に組み立て、文脈や文法で滑らかにするのがコミュニケーションなのだが、長い間封じられていたせいで万能性を求めてしまっている。便利であるはずのルールを疎ましく感じている。

絶望して、縛られないことがしたい、となかば強迫的に思うようになったというのだ。「気が狂った」とは少し趣をことにする。表現の利便性と限界。機動戦士ガンダムのニュータイプ論のようにもとれるな主題である。

方法論は新しい。

内容は古い(アサッテ、細切れエピソード、ニュータイプ)

構成力はお見事である。

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