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機動戦士ガンダム‐逆襲のシャア‐

機動戦士ガンダム‐逆襲のシャア‐

富野由悠季

『機動戦士ガンダム‐逆襲のシャア‐』を久しぶりに観た。

あいかわらず、というか、やはり、というか富野由悠季は作品の組み立てが下手である。素材やテーマ、キャラクターの魅力、スピード感、描写はいいのに、実にもったいない。

描写力という点で言えば、ケーラを人質にとったギュネイがアムロを脅迫する場面。このシーンは実によくできている。アムロといえば歴戦の最強パイロットなのであるが、もとはネクラで臆病なメカオタク。このオタクの神経質な防衛本能が、結果味方を殺してしまう。フィン・ファンネルの過敏な反応が、アムロの奥底に淀んでいる臆病さをうまく表現しているのだ。

またこの場面はアムロの深層心理の妙を簡潔に描写するにとどまらない。本作の焦点であるサイコ・フレームの重要性、νガンダムの性能も同時に表現しているのである。

というようなうまさの反面、戦記ものに不可欠な大局的側面を語る能力が決定的に欠落している。そのせいで舞台の全体像がまるでみえない。説明がへたくそなのである。というか説明を省略している。説明を一切しないで見せることができれば格好いいのは確かだが、それはほとんど不可能に近く、もちろん富野にもそんな技術は無い。格好付けると「わかりやすさ」という代償を払うことになる。

結果、登場人物がその時、何をなんのためにやっているのかはっきりと見えてこないのである。ぼんやりとしかわからない。戦争という大きな海原がどのように形作られているか。時系列のなかでどのような特異性をもっているのか。まるきりわからない。個人的事情という波はよくみえる。感情の変化にともない波打つ様は、まあ伝わる。しかしどこで波打っているのか、その波はどこへ行くのか、また波は海原にとってどんな意義があるのかさっぱりわからない。波自体はわかるがそれより外へ出て行かない。これでは、宇宙という限りなき空間への推挙を図るニュータイプ論はむなしく響くばかりである。

これはつくりが雑ということかもしれない。商業主義に走らざるをえなくなったしがらみがもたらした歪みなのかもしれない。

さて、台詞回しはまたまた下手だが、印象的な台詞はやはり登場する。

今作の名台詞。

「アムロ、あんたちょっとセコイよ」

byクェス・パラヤ

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