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十二月二十三日 人は二十時間あれば何を学ぶことができるだろう

  ファミコンが好きである。いい年こいてそりゃもう好きである。

リラックスや気分転換や息抜きや趣味という領域を超えてのめりこんでしまう。衣食住すら忘れ、人間の尊厳を捨て去ってもそれに気づかぬほどである。一日十七時間ほどやったこともある。

しかし思うのである。これはまだ僕がまともだからか、あるいは固定観念に縛られているのか計りかねるが、とにかく思ってしまうのである。

「何という時間の浪費だろう」

 早くてもクリアまで二十時間を費やす。その間に彼も彼女もあいつもルンペンすらも、一つ何かをやり遂げるかもしれない。僕がテレビの前で府抜けている間、瞳に力を宿し、表情は輝きに満たされているかもしれない。

もう一切ファミコンはやらない、と改めようとしても、禁断症状みたいな疼きを完全に押さえ込むことはどうやら難しい。下手に我慢したら精神に異常をきたしそうだ。ここは折衷案をとろうと決めたのはもう何年前だろうか。そんなわけで今はドラゴンクエストとファイナルファンタジーしかやらない。それも正ナンバリング作品しかやらない。

こういう風に決めてしまえばなんてことない。興味を持たなければ、知りさえしなければ耐えるという概念は存在し得ない。

まあ、もともと、ほとんどロールプレイングしかやらなかったし。というより、ドラクエとファイナルファンタジーしかやらなかったし。

「なんだ結局変わってないじゃん」

と言われそうなのでもう一つルールを設けた。それは「シナリオを堪能し、すべてのボスを倒すところまでしかやらない」というルールである。余計なアイテム回収やミニゲームなどは無視する。そしてボスを倒せばさっさとファミコン本体を封印する。

といいつつ「トロの剣」取っちまったんだけど。

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