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十二月三十日 年越奇譚

    四季の移ろいが豊かであることは日本の美観の一つである。その移ろいを丁寧に感じ取るには季節ごとの行事に参加するのが有効でかつ手っ取り早い。さすれば暑さ寒さ、風や雨も時の流れを彩る華やかな素材となろう。僕は季節の行事が好きだ。

とは言うものの実際の僕の腰は重くなかなか行動に出られない。しかし今年は新婚と一緒に海水浴という何とも目のやり場に困る体験があり夏を堪能することができた。

さて、冬である。赤い葉も落ち、うちのチワワ(♀・こまち)も震えだし、今や完全に冬だ。

  冬の行事といえば……そう、初詣である。クリスマスと言わないところが僕の暗い青春時代を象徴しているが、とにかく、ゼッタイ、初詣なのである。初詣に関しては僕はかなりのベテランで、毎年同じメンバーと四人、名古屋の熱田神宮へ赴く。今年で16回目だ。しかしこの初詣、実はかなり凄い。とてつもなくハードなのだ。

人々は年越しの瞬間を神宮で迎えるため22:30頃から徐々に賽銭箱の前に集まりだす。ただの賽銭箱ではなく、境内をまるごと柵で囲い、それを賽銭箱に見立てているもので、幅20メートルはあろう。そして人々はこの賽銭箱をゴールとして列を作り、参道までも埋め尽くしながらまもなく訪れる新年を待つのだ。年明け前のこの時点ではまだ人々はおとなしい。明けた直後が凄いのだ。大勢の人が一気に動くのだが、ちょっと想像できない位の力が渦巻く。僕達は何度も経験しているから大して驚かないが、初めての人は想像を越えた事態に驚愕するであろう。小さなお子様、お年寄りや体の不自由な方など断じて来てはならない修羅の場と化すのだ。西部戦線よりも過酷でニューヨークの路地裏よりもデンジャーなのである。じゃあそんな所に16回も行くなよ、お叱りを受けそうだが前述の通りこれは冬一番の行事だから仕方ないのだ。それに毎年ここで一笑いする。必ず何か面白いことが起こる。もちろん他人の不幸というケースもあるが面白いものは仕方ない。

ある年のこと、その老人はそんな過酷極まる場へ来てしまった。年明けを待ちながら仲間と談笑している最中、僕のすぐ隣にいたのに気付いた。と同時に今年の面白いことはこれか、と直感めいたものもあった。

老人はすでに人に覆われた参道に一人、境内の方を見ていた。信仰心からなのだろうが、これからこの群衆がどうなるか知っている僕には、どうやって向こう岸へ渡ろうかと三途の川の前で思案しているように見えてしまう。

ハッキリ言ってワクワクした。これから起こる混沌とそれに巻き込まれていくこのヨボヨボの老人は一体どうなってしまうんだ、と好奇心が疼いて仕方なかった。       老人を横目に僕は賽銭用の小銭を出し、財布はポケットの奥へと押し込む。仲間とはぐれた時の待ち合わせ場所を例年と同じくおみくじ売場前と確認しあい、目前に迫った新年を待った。

カウントダウンの大合唱、続く歓声。年が明けたのだ。数百人が一斉に動きだす。きた、これだ、この圧力。何度も経験したこととはいえやはりただごとじゃない。通勤電車でラグビーやったってこうはなるまい。個人の意志など完全に無視され、人々のうねりは巨大生物の涎動のようにも見える。各々、多方向から賽銭箱に向かって思い思いに進み、しかも出口は複数あるため一定の流れというものが無い。まだ賽銭を入れてない人、もうお参りをすませて帰りたい人ごちゃ混ぜだ。加えてこいつら気の短い名古屋人。こんな名古屋コーチン並みの短気な奴らがひしめきあっているのだ。死者がでないのが不思議なくらいである。

それでも徐々に賽銭箱に近づく中、見失っていたあの老人を見つけだすことができた。すでに僕との間に数人が入り込んでいたが間違いなくあのヨボヨボじじいだ。何とかこの圧力に耐えていたようだったが、それからまもなくだった。混沌の中

「たのむよ」

とひと言残したまま人の渦のなかに沈んでいった。比喩ではない。文字通り沈んだのだ。ちょっと笑顔だった。「すごいものみちゃった!」と僕の興奮は頂点に達し、早く仲間にこの事を知らせたいと、お参りもそこそこに握っていた小銭を投げ入れた。

おみくじ売場で落ち合った僕達四人は大爆笑だった。みんなあの老人が大混乱のなかでどうなるか注目しており、一部始終を見届けたらしい。抜け目ない奴らである。

「あのジイさんみた?たのむよ、っつって沈んでいったぜ!」

「たのむよって誰に頼むんだ?」

「俺達じゃん?初詣ベテランってわかってさ」

「神サマだよ。初めから目の焦点かあってなかったもん」

などといい加減なことを言い合ってひとしきり盛り上がり「いやー、初笑い」と満足して神宮を後にした。新年早々不届きな四人である。

もちろんあの老人がどうなったか誰にもわからないが、死亡記事を見つけたわけではないので無事なんだと思う。熱田のカミサマに感謝していることであろう。

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