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十二月三十一日 そんなところで新記録作るなよな、親父

2007年7月28日、父が他界した。

癌の発覚から二ヶ月の生存も許されなかった。

僕の友人たちも心配してくれた。

「できることがあれば手伝う。何でも言ってくれ」

多くのありがたい言葉をもらった。みんなに感謝します。

友人に乞われ、父の容態をメールで伝えていた。たった4回のメールだった。

彼の母も何年か前に癌で亡くなっており、他人事じゃなかったんだと思う。アドバイスをくれるつもりでもあったのだろう。

以下に掲載する。

【六月十一日 告知】

①6月6日、胆のう癌と告知を受ける。

②家族には同日夜、本人から知らされる。

③長男はインターネットや知人を頼りに情報を集める。

④検討の結果、県立がんセンターへの入院を決める。

⑤検査開始。

⑥検査結果。少なくとも早期ではないとのこと。

⑦追加の検査を要する。

【七月七日 余命宣告】

検査終了。手術する方針がかたまる。ただ実際には開腹しないとわからない模様。腹水もたまっている。

⑨一時退院。

再入院。手術の説明を受ける。また、手術できなかった場合は抗癌剤治療を行ない、その場合の余命は1年ないし1年半と知らされる。

7月11日、手術予定。7月11日は長女の誕生日でもある。

【七月十一日 手術日】

8:30 手術のため着替え。

9:00 手術室へ。患者家族には院内使用可のPHSを渡され、手術終了などあればこれに連絡すると説明を受ける。

9:15 家族は病棟の談話室にて待機。テレビではメジャーのオールスター戦が流れている。終了は早くても17:00の予定。長引けば明日までかかる可能性もある。リラックスが必要だろう。

11:00 PHSが鳴る。看護士からで、今から執刀医の話があるとのこと。

11:10 執刀医から手術不可の知らせを受ける。腹膜への転移が原因。余命3ヵ月。急死する可能性もあるという。

【七月十九日 痛み】

術後一週間経過をめどに抗癌剤治療をおこなう予定。

痛みがひどい。モルヒネの量を増やす。

7月17日 退院をほのめかされる。抗癌剤治療ならば通院で十分対処可能なため。

7月19日 容体が悪化。長男、長女とも仕事を早引きして入院先へ向かう。

一命はとりとめたが、抗癌剤治療もできない状態である。今月いっぱいもつかどうか。結局治療は一切できなかった。

以上の事由により報告を終了する。あと報告すべきなのは分かりきった、たった一つの現象を残すのみとなったため。

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