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第九回 早すぎる埋葬

モルグ街の殺人事件

エドガー・ポー(佐々木直次郎訳)/ 新潮文庫

 仮死状態のまま埋葬され、地中の棺の中で蘇る恐怖をつづった作品。これがぜんぜん怖くないんです。閉所恐怖症、暗所恐怖症(ところで ~恐怖症って安易に使いすぎ。医師の診断を受けた本物の不安障害の人へ誤解を与えそう)の人には背筋の凍りつく設定なんだろうけど、火葬が一般化し医学進歩の著しい現代に生きている日本人に本能的恐怖を与えるのは難しい。さらにリアリティがない。早すぎる埋葬、確かにおぞましいことだろうけど、受験戦争の勝利者たる医師の診断のほうが信頼に値するでしょう。 要はバックボーンがないんです。時代と地域慣習の差が作品価値を決定的におとしめてしまっている。「うん?怖い、よな?」と一拍考えさせてしまうようじゃ臨場感を欠く。死に至る経緯を心理描写で埋める作品と違い、読者に考えさせてしまっては恐怖感を与えられない。 火葬炉のなかで目覚めるのなら、恐怖小説としては瞬発力もあっておもしろくなりそうだけど。  とはいえ死自体に対する恐怖は生物なら基本的に備えているわけで、このあたり主人公の強迫は、理解できる。死と眠りの不確かな結合。僕も小学生の頃に死をはじめて知覚したとき眠るのが怖かった。眠りと死との不鮮明な境界線、自分の制御外にあり常に受身でしかいられない気持ちの悪さ。抵抗の剥奪。 この小学生の悩みは人類共通であるらしく、遠くギリシア神話でもヒュプノス(眠りの神)とタナトス(死の神)は連れ立って現世にあらわれる。まずはヒュプノスが眠らせて、しかる後にタナトスが冥府へとつれていくのだ。また眠ることは死の訓練だと語った学者もいる。 怪談はねむらないように、恐怖を煽るものだったりして。  まあ、日本人には『青梅雨』の方が怖いです。 

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