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第四回 青梅雨

一個/秋その他
永井龍男/講談社文芸文庫

 さて、もうひとつの勤務地というべき藤沢を舞台にした小説は『青梅雨』を選択。もっともこの小説にとって地理的設定にたいした意味はありませんけどね。
 まずは登場人物紹介。
千三(77)一家の大黒柱
ひで(67)千三の妻
春枝(51)千三とひでの子
ゆき(72)ひでの姉 
 次にあらすじ。四人で暮らす千三らが服毒心中する話。以上。
 人物、設定、ストーリーなど特にひねりはありません。新しくもない。しかし、唯一無二の小説なんです。

 恐怖。
 とても恐い小説です。ドラマチックに騒ぎ煽る類の恐怖ではなく、静かに骨から浸されるような恐怖感がある。生活の一部を切り取っただけのストーリーを抑えた筆致で語る文章にもかかわらず、きちんと恐い。銀幕の恐怖担当者がこの小説を読んだとしたら、彼ら……、ジェイソンはチェーンソーを涙で錆びつかせ、フレディの爪は孫の手のごとく健全に見え、貞子はベリーショートにするでしょう。
 ただ日常を淡々と語っているだけの本作です。だからこそ一方で何気ない一文が響く。
 たとえば、ゆきは健康が取り柄で薬ひとつあればどんな病気も治ってしまうほど丈夫な体質なのですが、その丈夫さを家族に自慢するシーンで
「薬をちょっと服むと、それがまた、よくきくしね」
との台詞がある。恐えぇ!健康という身体的状態を鮮やかに恐怖へと置換しています。
 
 美しさ。
 四季の移ろい豊かな日本の、梅雨の季節を背景に語られていくストーリー。雨が利いています。
 梅雨もやっぱり美しい。ビルや緑や人々や、街全体を包み込み濡らしていく様には一方的だが確かな慈悲を感じる。作中においては薄い膜を張るような細かな雨に寄り添い、控えめに咲く紫陽花が見える気がします。灰色の空は原色を際立たせる。実際には本作に紫陽花は出てきませんがそう感じさせるような説得力があります。

 まったく質の異なる二つが本当によく混ざり合うんです。日本特有といっていいのでしょうか、滅びの美学みたいなものがありますよね。切腹、神風、そして心中。夜桜のもと落ち合う若い二人といえば心中を連想し、観客は共感を持って破滅に浸る。
 美意識に照らされ、恐怖感はさらなる影へと沈んでいく。

 この小説の特徴といえばあからさまな心理描写が見当たらない点でしょう。状況描写がそのまま心理描写の役割りも担っています。
 登場人物たちに悲壮感はなく日常の続きを送っているのですが、ついいつもよりほんの少しだけ楽しみを選んでしまう。日常レベルのささいなものです。酒を汲み、クリーニングしたての服を着る、その程度。しかしこういう描写により奥底にある死への拒絶を押し隠していることがわかります。しかもそれをお互いが知っている。そのような不自然さが心理描写を重ねずとも伝わってきます。
 最後に春枝が取り乱します。これまでの抑えに抑えた筆致により漂っていた不気味さが瞬間恐怖へと変貌する。ああ、彼らも平気であるはずがないんだ。それでいて淡々と過ごす彼らは立派だと、ちょっとした賛辞をおくりたくなる。ところが。

 これだけでは終わりません。この尊敬を裏切るオチが付いている。オチというほどはっきりしたものではなく余韻程度に抑えているのですが、この余韻がすごい。20ページ程度の短編にもかかわらず長編を読んだような感覚が付きまとうでしょう。

はい、妄想キャスティング。
ゆきは草笛光子かな。
む、やっぱ芸能人に疎い。誰かのアドバイスが欲しい。

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