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特別回 読書がもたらす美容効果。夏への個人的嫌悪感と鬼灯の行き先。いいわけ少々、次回へ活かせない反省。139の由来。

 読書には美容効果がある。僕はそう思う。

 作家からの提示に対して、考え、答えを出す。そうした一連の流れは心の働きを豊かにするための訓練です。事象への深い洞察は情緒を育み、創造性を備えた精神として磨かれる。これこそ情操教育というものでしょう。

 心的な要因は直接体へ物理的な影響を与える。実際に姿形を変えてしまうこともある。ストレスによって胃に穴が開くのと、ベクトルは違えどメカニズムは同じでしょう。やっぱ性格などの内部要素は顔に表れるんですね。

 考えるほどに精神は豊かに、比例して表情は引き締まる。瞳の持つ説得力、凛然とした気品と洗練された思考。個性ってそういうもんでしょ。最高のアクセサリーじゃん?

 だから完全に娯楽として読んではいけないんですね。「共感できるしぃ」ではだめでしょうな。すでに知っていることをなぞっていたんじゃ、考えたことにはならないから。面白い、つまらない、感動した、のではなく、なぜ、なぜ、なぜと追求していく類の思考訓練でこそ脂肪は燃焼する。感想文でも書けばなおいい。

 社会人の方々が学生を見て「若い」と思うのではなく「幼い」と感じるのは、化粧のテクニックではなく、自分や社会に対してどれくらい真剣に考えているかの差が表情に出ちゃっているのでしょう。

 全国のおしゃれ自慢が美容にどれくらいの労力を費やしているかは、ファッション雑誌の発行部数や化粧品コマーシャルの多さ、挙句美容師をカリスマなんて言っちゃう風習からなんとなく想像がつく。それはそれでいい。しかしファッションの画竜点睛は心的要因にこそあるのではないか。心を鍛えないのは瞳のない竜さながらである。

 今年の秋には小説の一遍でも読んでぜひとも美人に、失礼、より美人になりましょう。

 あまり小説に興味のない人へ。これまで取り上げた十作のなかから一作選ぶのなら……

『ノルウェイの森』

 この作品ってみんな読んでるんですよ。他人との話題にも上りやすいので、社交上もよろしいかと。

『青梅雨』

 時間がない人向け。たった20ページだから。手に入りにくいなら、図書館の全集で。

『容疑者Xの献身』

 娯楽要素が強い。できるだけ手軽に読みたい人向け。

 こんなところでしょうか。

 去りゆく夏。

 夏は嫌いではない。殺傷能力のある暑さも情緒のうち、夏の要素だもの。不都合こそが風物詩だったりするんですよね。市井の人々の創意工夫が小さな文化を形成する。打ち水、風鈴、怪談に辛い料理。季節のものはやっぱり美しい。雪月花とはよくいったものです。(僕は日本三景も三名園もすべて行った事あるけど、いずれも夏なんだよなあ)

 嫌いなところは他の部分。道行く金髪である。彼奴ら道に唾を吐くじゃん、このやろう。まあ一年中吐いているんだけど、とくに夏は肌の露出とあいまって許しがたい。チャラチャラ指数が冬よりも数段上だと感じてしまう。チャラチャラ自体はいいけど、マナーの悪いのは本当にダサい。

 これから寒くなるにつれて、アスファルトにへばりつく腐臭漂う大罪もちょっとは我慢できる。

 ところで夏が終わると、神楽坂通り沿いの店の軒先にある鬼灯はどこへ消えていくのだろう。冬のうちに枯れちゃうのかな。毎年ほおずき市やってるんだから、毎年買ってもらわないといけないからねえ。

 いいわけ。

 このブログ、「俺はこのように読むけど、あんたならどう」という趣旨なんです。一度読んだことのある人に向けて書いていた。だけどあまりネタばらししちゃうと初読の人への配慮が足りないかなあって思って、結末やキーポイントになる箇所には触れないように書くことにしました。結果的にどっちつかずの意味不明な文章になってしまった。

 これに関しては決着がつかない。当分のあいだ今のままで、仕方ないですね。文体が一定しないのも仕方ないがや。

 139の由来はまたいつか。

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