« 第七回 容疑者Xの献身 | トップページ | 第九回 早すぎる埋葬 »

第八回 バルタザールの遍歴

バルタザールの遍歴

佐藤亜紀/文春文庫

【問い】

幼い王女。躾の行き届いた従者とやさしい乳母にこのうえなく丁重に育てられる。決しておごることはなく使用人をいたわり、金髪を汚しながら仕事を手伝う。捨てられた雑種犬の世話をするなど友愛精神にもあふれ、奴隷の子とも分け隔てなく接し、贅沢を好まない。弟が死去したときには一晩中傍で泣き続けた。

一方、奴隷の娘。八人兄弟の上から三人目。王女と比較して身につけているものの値段は0が八つくらい違うし、赤茶けた髪はまったく手入れがされていない。肌に染み込んだ垢の臭いが鼻孔を刺激する。だが気立ては王女と同様に心優しく兄弟思いである。

その二人の子が今、戦争の混乱により飢えている。辱めを受けた。殺された。さて、どちらの子がかわいそうか。

【答え】

同じ。

くだらない問いかけでしたね。まともな現代人なら誰もが持っている極めて常識的な価値判断でしょう。我々は社会的ステイタスによる差異によって、血縁によって、人種や性別によって人間を区別するのは愚かなことだと知っているはずです。価値観の違いなどではない。罪人の子が判事になってもいいわけだし、どこの馬の骨ともわからん貧困層の男が一流企業の社長令嬢と結婚したって、社長は怒ってはいけない。怒ったとしたらそれは人間しての良識を捨てたとことであり、サル以下だ。二度と人語を使うな。

「家柄と所持金によってのみ人間の価値が決定する」

と世界の中心で叫ぶのなら、まあ、可愛げもあるというものだが。

「お前、なんか必死じゃ~ん」

って言われそうだけど、親との対決の前に社長令嬢を連れて来てくれよ。

 閑話休題。

一つの肉体に共存する双子、バルタザールとメルヒオール。1900年代初頭のオーストリア。公爵家の跡取りが、夜毎の浪費とアルコールにより身を持ち崩す。急激な社会情勢の変化のために憂き目を見る上流階級の没落というのではない。貧困層の苛烈な労働が生み出した血税と、先代が築き上げた財産を資本とした完全なる自堕落さで。

貴族とはそういうものかもね。勤勉で意欲的、節度ある貴族というのは下品だなんて後ろ指されるのかも知れない。

ハプスブルク家に仕え、代々、東方の三賢人の名をつける家風には強烈な自負を感じる。バルタザールとメルヒオールが石榴に噛り付いたことにより一族の威厳は冥府へと転落してしまうのだが。

話の筋はトリッキーな設定と時代背景が妙にマッチしており、楽しい。

ただ、読んでいて感じるのはぜんぜんドラマチックじゃないということ。舞台、展開、登場人物、一晩に動く金の額は派手にもかかわらず、淡々と綴られている。主人公の手記という形式をとっているので作者(佐藤亜紀)はおさえて書いたのでしょう。なので、気分を無理やり盛り上げて読むといい。心中で

「バルタザールはどう思う?」

と問いかけてみるのもいい。

 

 現代。貴族制度は格差社会へ、書簡体は電車男へ、火田七瀬は家政婦じゃなくて派遣社員にはるはずで、姿を巧妙に変えながらも腐臭は漂っている。

 しかし、1000年変わらぬ本質に向かって賎民は笑顔を向けられる程度にマシなったのだと、僕は歴史に感謝する。

 そういう普遍的な小説ですよ、ファンタジーではありません。

★外国人役者なんて分かりません。

|

« 第七回 容疑者Xの献身 | トップページ | 第九回 早すぎる埋葬 »

物語 小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第八回 バルタザールの遍歴:

« 第七回 容疑者Xの献身 | トップページ | 第九回 早すぎる埋葬 »